きよし師匠の卒業式に期待、

今月3日、一連の「年金制度改革関連法案」における強行採決で、最後の質問ができず、「いい卒業式にしたかったんですが……」。とブチかましていたが、ここに来て、卒業出来るようで、青っちもその動向が気になっている。

3期18年間の参院議員生活の最後となる質問を、行う
はずだった、きよし師匠。

小泉首相への質問前、師匠は「ふんどしを締め直そう」
とトイレへ。が委員会室に戻ると場内は騒然としており、
採決は既に終わってた。

議員生活を飾るべく「最後に事務所みんなで温めた質
問だったのに。期末試験もないまま卒業式に出て行け
と締め出されたようです」と。唯、師匠は「『良識の府』
は決して過去のものではないはずです」。自らに言い
聞かせるように語ってた師匠。

でもって、青っち的には無念を晴らすためにも、引退を
撤回し、来る選挙に出て完全なる卒業式をして頂きた
かった。

が、

参院厚生労働委員会は9日の理事懇談会で、委員会
を10、14日に開き、児童手当法改正案などの補充質
疑と採決をすることを決めた。

3日の強行採決で質問時間を奪われた西川きよし議員
(無所属)が10日、質問に立つ予定。

既に成立した年金制度改革関連法についても、質問で
きなかった共産、社民、西川氏には会期内(16日まで)
に補充質疑を認めることが決まった。

期日は今後協議するが、今期限りの引退を決めている
西川氏にとって、「最後の質疑」の機会が再び与えられ
ることになった。西川氏の事務所は「再度、質問の時間
が与えられたので、議員生活18年間の思いを最後に述
べたい」と話している。(毎日新聞9日より引用)

であるならば、大いに期待したい!(^_^)v

懐かしの国会を覚えてます?平成元年2月17日衆議院
の予算委員会の席で、リクルート事件が審議されている
中、公明党の大久保書記長(当時)が、この「一杯のかけ
そば」を引用。(; ;)ホロホロ

貧しいけれども一生懸命生きる庶民の姿、そして、あた
たかな人間の善意が描かれている。多くの国民が私達
に求めているのは、豊かでやさしい人間の心。

必死で生きている国民1人1人に、我々は信頼される姿
を示さなければならない。リクルート汚職にまみれた政
官界を厳しく告発、信頼回復を強く訴えたもので、当時
の流行語にもなったはず。

きよし師匠には、是非この「かけそば越え」を期待したい。
と言うのも、昨今の巷でおこる、子供事件等を考えるに、
一つは、大人が筆頭に、良い音楽を聞いても、良い話を
聞いても、あんまし「感動しない」と、青は思うからだ。

是非、感動の「渦」を巻き起こして頂きたい。∈^0^∋

ちなみに、あらすじはこうだったはず。 (^_^)3 フムフム。

昭和47年、大みそかの夜、北海道札幌市のそば屋
「北海亭」で起きた物語である。大みそかの書き入れ
どきが終わり、そろそろのれんを下げようかとしたとき、
10歳と6歳位の男の子を連れた婦人が、おずおずと
「あの………かけそば………1人前なのですが、よろ
しいでしょうか。」と入ってきた。

後ろでは2人の子供が心配顔で見上げている。
「どうぞ、どうぞ」と暖房に近い2番テーブルに案内しな
がら、明るく「かけ1丁」と声をかけるおかみさん。

それを受けた主人は、ちらりと3人に目をやりながら、
「あいよっ、かけ1丁」と答えて、玉そば1個とさらに半
分をさりげなく加えてゆでる。

額を寄せ合って食べている3人の話し声が、カウンター
越しに聞こえてくる。「おいしいね。」と兄、「お母さんも
お食べよ。」と1本のそばをつまんで母親の口に持って
いく弟。150円の代金を支払い「ごちそうさまでした。」
と出ていく3人に、「ありがとうございました、どうかよい
お年を」と声を合わせる主人とおかみ。

翌年の大みそかも夜10時を過ぎたころ、最後の客が
出るのを待っていたかのように3人があらわれて、やは
りかけそば1人前を注文した。「ねえおまえさん、サービ
スということで3人前出してあげようよ。」「だめだ、そん
なことしたらかえって気を遣うべ。」と言いながら玉そば
一つ半をゆでて出す。

「おいしいね。」「ことしも北海亭のおそば食べれたね。」
「来年も食べれるといいね。」

その翌年の大みそかの夜、2人は互いに口にこそ出さ
ないが9時半を過ぎた頃より、そわそわと落ち着かない。

10時を回ってそろそろ看板にしようかというとき主人は、
壁のメニューの札を次々に裏返した。夏に値上げをして、
「かけそば200円」と書かれていたメニュー札が、150円
に早変わりしていた。2番テーブルの上には「予約席」の
札が、おかみの手で置かれている。

しばらくして、母と子の3人連れが入ってきた。注文は、
かけそば2人前になった。主人は、玉そば3個を黙ってゆ
でる。母親の顔が、例年になく輝いて、こう話している。

「交通事故で死んだお父さんが、事故でけがをさせた人
たちへの支払いが、きょうで終わったのよ。」と、喜ぶ2人
の兄弟、母親が夜遅くまで働き、兄は朝夕の新聞配達、
弟は夕飯の買い物と支度をして3人が肩を寄せ合いなが
ら生きてきたのだった。

中学生の兄が、働く母のかわりに弟の学校の参観日に
行ったことを話し出した。

「淳が作文を読んだんだよ、一杯のかけそばという題で。
3人で1人前しか頼まないのに、おじさんとおばさんは、
ありがとう、よいお年を、と言ってくれた。僕も大きくなった
ら、こんなおそば屋さんになりたい。淳は大きな声で読み
上げたんだ。先生が僕にあいさつをと言うので、あのとき
一杯のかけそばを頼んでくれた母の勇気を忘れませんっ
て、そう言ったんだ。」カウンターの中で聞き耳を立ててい
たはずの主人とおかみの姿が見えない。カウンターの奥
に、しゃがみ込んだ2人は、1本のてぬぐいの端を互いに
引っ張り合うようにしながら、こらえ切れずにあふれ出る
涙をぬぐっていた。

また1年が過ぎて、北海亭では夜9時過ぎから予約席の
札を2番テーブルの上に置いて待っていたが、あの親子
3人はあらわれなかった。次の年もさらに次の年も3人は
こなかった。

その後、北海亭は店内改装をしたが、あの古い2番テー
ブルだけはそのままに残した。それから14年たった大み
そかの夜、まさに店を閉めようとしたとき、2人の立派な
青年と和服の婦人があらわれた。

「かけそば3人前なのですが、よろしいでしょうか。」

あの3人連れだった。

兄は今ではお医者さん、弟も銀行員になっていた。
「あのときの一杯のかけそばに励まされて、3人で生き
抜くことができました。」

童話とは云え、日本人の心、助け合い、分かち合い、
他人を思う心を今一度取り戻したいよね。 (・・)(。。)

物の有り難さ、心の大切さを子供達にも知って欲しい。
これは、日本人に取り戻したい心だから。 そしてこの
感動は、言い尽くせない満足感、生きる喜び、支え、
明日への活力 につながるはず。

青は、この一杯のかけそばに「感動」の原点を見た。
一杯のかけそばを、3人で食べる親子に、おかみは
サービスに、3杯やろうと言う、しかし、そんなことを
したらかえって気を遣うと、さりげなく1杯半のそばを
ゆでて出す。

決してサービスしたよって、口には出さない。客も又
無言で善意を受ける。後に一杯の、いや、一杯半の
そばがどんなにおいしかったか、主人の言葉がどん
なに励ましになったか、一杯しか頼まないのに、あり
がとうございましたと、大きな声をかけてくれた。

その声は、負けるなよ、頑張れよ、生き抜けよと言っ
ているような気が。

青は、これこそが「究極の感動」だと思う。また言い
換えれば、これが「教育の根本」であり「人間教育」
だと思うのだが、如何か!

人は困った時、苦しい時、周りの人がどう接するか
で、時とし、その方の人生までも変えてしまうものだ。

ましてや教育現場においては、何気なく言った教師
の一言で、生徒の人生が簡単に歪められたり、希望
すらもぎとられたりする。

そんな事実が少なからずあり、青が今回このBLOG
で取り上げたのも、もう一つ、実はここにある。

子供の教育と成長発展を保障する上で、教師の果た
す役割は極めて大きい。

親も頑張るから、先生さん!腐らんで欲しい。
障害を持つ生徒を意地面で欲しい。停職だの減給だ
ふざけんで欲しい。

真面目な先生等も居るんだから。  


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