見抜く眼を持たんとね!

今月もあっという間に終わろうとしている。 7月は特に関係深い社長さん等との会話で「人事」の話題 が特に多く苦慮されていた。 青からは、こんな譬えを話させて貰いながら、価値ある時 間を共有した夏でもあった。 古典もたまには良いモノですよ。(^^)v 袋の中に錐を入れると、先端がすぐに突き出る。 「嚢中の錐」とは転じて「才能ある人はかくれていても頭角を 現す」という意の成語。 だが、この語を引用した歴史書『史記』を見ると、才能ある人 を“見抜く側の眼力”も問われている。 趙の国の王子である平原君は、祖国が秦に攻められたとき、 楚に援軍を求める使者に立った。同行の士20人を選ぼうとす るが、最後の一人が決まらない。 門下の毛遂が自ら名乗り出た。 平原君は「嚢中の錐」の譬えを引き、「拙者は先生のことを 聞いた事がない。それは、先生に良いところがないからだ」と 言下に退けようとした。 問答の末、平原君は、渋々、毛遂を一員に加えたが期待はし ていなかった。 だが、あに図らんや、毛遂の英知は鋭く、巧みな交渉により楚 の援軍派遣に成功。平原君は、毛遂の才能を見抜けなかった 自らの不明を恥じ入ったという。 人材育成の第一歩は「見いだす」ことですよね。 可能性を秘めた逸材が目の前に居られても、それを抜てきする 度量がなければ、宝の持ち腐れである。 人材がいない、と嘆くなかれ、と青は強く申したい。人材の資質 を見抜ける眼を持つ事が「王道」だと! 紀元前の古典が、そう呼び掛けている。 外は雨、トホホ…。 へんてこ台風君、あんまり子供の夢を壊さないでおくれ。<(_ _)>
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