海苔攻め、

ここのところココログ同様、少々体調が芳しくない。朝早くから長男が「僕の作った海苔食べて!」と、青も含め皆を起こすに必死だ。どうやら、「豆腐」に続く第2弾とし、学校近くにある大手海苔メーカー等と学校とが共同で学習の一環に手作り授業を行ったようだ。食には厳しい青だが、中でも「海苔」は当分我慢していた代物。長男の海苔を手に取りながら作る際に苦労したことや、大手メーカーが機械で行う作業よりも、地元業者の方が手作りで時間をかけながら創り上げていく作業に見せられたことなどを伺いながら、2人してガスコンロまで行き、一枚一枚を丁寧に火に近付ける。何とも云えない香ばしいカオリが部屋中を漂う。『美味(上手い)ね!』、青や次男も大きな子供も皆一斉に食べ尽くす。まんざらでもない長男は、満を持して大きな子供に「今日は何の日?」と問いかけをするのだった。(笑) そう、今日2月6日は「海苔の日」と、早々に答えを出し、青のPCへ調べたそうにせっつくのであった。早めの朝食を口にはしたものの、近々で派生している業務領域の整理構築について少々困憊気味なところと明日からも最後の詰めが何点かあるので夜まで「海苔の探求」はお預けとする。 2月6日「海苔の日」。海からの贈り物である海苔に対する感謝の気持を込めて、全国海苔貝類漁業協同組合連合会が、全国海苔漁民の総意として1966年(昭和41年)「海苔の日」を2月6日と定め、以来毎年記念行事を実施している。また「海苔の日」の由来として、大宝元年(701年)に制定された、日本最古の成文法典である「大宝律令」によれば、29種類の海産物が租税として納められていた。その内8種類が海藻で、海苔がその1つとして表記されている。この事から、海苔は産地諸国の代表的な産物として、大変貴重な食品であったことが伺えるのであった。 全国海苔貝類漁業協同組合連合会では、この史実に基づき、「大宝律令」 が施行された大宝2年1月1日を西暦に換算すると702年2月6日となるため、業界の発展祈願の気持ちを込めて毎年2月6日を「海苔の日」と定め、毎年各種記念行事を行っているようだ。っま、ここまでは、授業で習わずに居た長男は次第に眼を真ん丸としながら、「それでそれで」と、海苔について知りたくなったようなので、ちょこっと本腰を入れて子供向けでも平易に分かるようなモノを調べる時間が始まった。 「海苔」を手元にある広辞苑で調べると、「水中の岩石に着生し、苔状をなすもの総称」とあるように、海苔は分裂を繰り返して成長する海藻。現在、市販されている海苔の大半は、養殖で生産されているようだ。海苔の養殖が始まった江戸時代は、海苔のライフサイクルが分からず、漁師の経験と勘のみが頼りで生産量も不安定。そのため、海苔は「運草(うんぐさ)」と呼ばれていた。昭和に入り、イギリスのドリュー女史が海苔のライフサイクルを解明し、確実な養殖技術が普及。時代とともに海苔作りも次第に機械化が進み、現在では100億枚の安定生産体制をキープしているとのこと。 大きな子供が、「なぜ、のり」っていうの?との問いに、長男は、待ってましたとばかり「メモ」してたもので答えるのであった。「のり」という言葉は、ヌルヌルするという意味の「ヌラ」がなまったモノと云われているんだよ。(ここからは難しいと感じたのか、大きな子供にメモを見せる、以下長男メモ)平安時代には「紫菜」と書いて「ノリ」と呼んでいましたが、その後、地方により呼び名が変わり、江戸時代に現在の「海苔」と呼ばれるようになった。 総合学習が削られるようだが、子供の瞬間的行動を時に見つめてあげれば、学校だとか家庭とか地域とかの議論より、もっと「価値あるボール」でさりげなくキャッチボールすることで、意外とスッキリできるようだ。(^^)v ~ 宜しかったら、人気blogランキングへ 応援を ! ~
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