ジャレごと、

長男の自転車のサドルに、「穴」が空いたまま、拡がりは日に日に大きくなっている。柏在住の後輩が随分前からヤフオクでガッツリと商いを行ってた頃、誕生日に格好つけて頼んだ品が今乗ってる自転車だ。サドルの穴は青の移転関係上仕方ないもので、それ以外は優れものである。彼も仲々自転車が乗れずにいた。次男は未だに怪獣公園で練習してるようだが、練習素材が「タラちゃん」愛用擬きで、練習にはならない(笑)。長男は、幼稚園児に、自転車半日コースという機会を当時の幼稚園からいただき参加。その日に「初乗り」となる。簡単そうでいて人により難解な自転車。 過去も今も、ジャレごとビジネスの中で遊んで居られる方々に接すると正直可哀想でならない。「分担業務」と云えば、直ぐさま「効率」とか「費用対効果」はたまた「仕事をしてる」気分にでもさせてくれるのだろう。否定的な声は発しない。「最初」から「最後」まで、ご自身が一人で関わらないと一体何が分かる(=習得)のだろう。「甘い」も「酸い」も分からず、ビジネスの「シナリオ」などこの世にあるわけがない。つまるところ「提供元」からモルモットにされてる構造が分からずにいる。 職人さん等の業務を挙げるまでもない。優しい時間で好演してる二宮君演じるタクちゃんが分かりやすい。陶芸家の修業中、目下一心不乱に作品制作へ没頭だ。ありっこないだろうが、「こういう作品をつくりたい」と何枚ものスケッチを描いてはそれに合う素材を捜し、何度も何度も渾身の作品を創る。自分に自信が少しでもあれば、師匠にチェックをして貰う。その「こういうものをつくりたい(=このように新規なお客様を築いていきたい)」というものを、自分以外が考えず、他者が与えたものであれば、その結果たるモノがどうなるかは容易に分かるはずだ。 はからずも堀江氏は自身のセミナーで必ず発言されている。「話を聴く時間やお金があれば、自分が書いた本を読んで直ぐにでも起業を勧める」。決して無責任には聞こえない。日本の隠れてる「美意識」を、表に少しだけ出そうとしてる彼の行動は単純に分かるもの。最初から最後までの「絵」が描けずにいるのなら、とことん悩むべきだし考える事だと思う。近すぎて大事なモノが見えずに居る人が「今も昔も」変わらずにいる。ビジネスでの「ジャレごと」を、そろそろ卒業されては如何かと。 ~ 宜しかったら、人気blogランキングへ 応援を ! ~
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