未来部の日、

子供等とFAX通信を行ってくれてるFP社長。綺麗な字にちょっぴり気心を織りまぜたコメントや挿絵は、青が見せてもらっても気持ちが和むもの。有難うございます。

長男が楽しみにしてる「未来部の集まり」が近隣宅で行われた。次男は来春からのため、兄を見送る玄関越しでは、背中に哀愁を漂わせていた。青はと云えば、前倒しの必要性があったため、連日パンパン状態のスケジュール最終日。(近々には触れます。_(._.)_)

補選結果確定前に、佐藤さんからコメントや「コラム」を頂戴したので下記にアップさせて貰う。実直な「ココロ」が反映されてもいる。結びにある、「首脳等が『対話』を真摯に行っていくこと」は、青もその通りだと思う。

「謝り方」

平成乙酉年卯月二十二日

中国は何度も何度も謝って欲しいと要求している。
なぜだろう?

今までの歴代の首相は何度も謝ってきている。しかも、1972年のことであるが、故田中首相は故周恩来首相とも握手をして、日中国交正常化したではないか。

それに日本に対して賠償はしない、なぜなら「一握りの軍国主義者」が責任者であり、一般善良な日本人民も犠牲者だという故周恩来首相の<心>からだといわれている。 しかしながら、戦争責任の曖昧性によるのではないかと思われるが、この度によらず、戦争を美化するような言動に対して、厳しく批判してきている。

謝罪するとき、日本人は、「申し訳ございません。」と言って何度も頭を下げる。我々日本人にとって、どうして過ちが起きたかを説明しようとすることは、あたかも罪を逃れようとして、それを行っているのだと受け取られがち。

その考えで、日本人が中国に対して国交正常化しているのだから、決着しているのだとして「申し訳ございません。謝罪します。」と言っても、中国は認めない。なぜなら、中国はただ、単なるリップサービスと受け取っているのではないか。何が原因でその犯罪が引き起こされたのかを示す明白な報告なしには真の自己反省はあり得ないと考えるのだろうと思う。

それにはやはり、両国の歴史認識に違いはあろうが、ただ単に迷惑をかけたというだけでなく、歴史認識そのものがその国に迷惑をかけることになった。

その歴史認識のあり方そのものを反省した上で、謝罪をしなければ、「現在」を正しく行動できないし、「未来」も展望できないのではなかろうか。

そういう面で、ドイツのゲオルグ・エッカート氏の歴史教科書運動は、学ぶべきものだし、東京を中心に「東アジアの歴史」を各国の歴史学者によって編纂されるよう要望したい。そういう方法でしか謝罪は無いように思います。

何度謝罪しても「美化」に対しては、抗議の嵐が来ることだろう。謝罪の後につく「二度と起こしません。」という日本人特有の反省言葉を本物にする努力をまず日中両国の対話を通じてやっていくことを望みます。

Copyright 2005  All rights reserved By 佐藤 節夫

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