オカリナで、

今日は来客者が多い一日となる。夕方近く、廊下から何とも云えない音(音色)が力強くもなく聞こえてくる。すくすく経由で帰宅の長男が「手作りオカリナ」を吹きながらである。「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド♪」を連チャンで吹いては、果敢に君恋の曲を練習している。可愛いとこあるじゃないかと、ヤンクミ風に思ってもしまう。(笑)

すくすくの時間、図工の先生が「オカリナ」を作ろうと皆で取り組んだらしい。こういう時間が「すくすく」でしか味わえないのは「偏重教育」の流れか。

子供は何等知らないこととは言え、「家庭科」の授業が興味を湧くんだと、友人T君と口を揃えるところなど、彼等は何処かで楽しい時間を探している。

その昔、漫画「なかよし」の、「おはよう!スパンク」だったか、登場する、このムッチャァー可愛いスパンクの刺繍とエプロン作りに汗したことは懐かしい想い出になっている。でも何がその想い出へと繋がってるかと云えば、大阪の母が、今でも、食卓に設置してる、「炊飯器」の上にのっけてくれてる(使ってくれてる)ってことが嬉しいんだよね。

まだゲーム喫茶が産声をあげる前後時代、木駒の芯を船釘に切替(かなりマニアだと思う)、ヤスリで研ぎながら、自らの駒をバージョンアップさせていったり、ローラースケート欲しさに、まじめに祖父の下駄裏へ金物屋で破棄された取っ手ローラーを貰い、上手く蝶つがいとも併せながら作った品々。

凧作りについても、「糸」にこだわった青。畳屋の倅の友人は、畳糸で迫ってくる。青は苦肉の策とし、父が釣り好きと云うことに気付き、リールと竿とで凧揚げ大会に。決勝では予想通り、畳屋の倅と一騎打ち。彼の凧は、当時の目位置でもハッキリと分かる状況で、雲に消えるまで飛ばして、周囲を呆れ返した等々。これを綴りながら、家の中で遊んだ記憶がまるっきりない。

けど、全てが今と比べて良かった等とは云わない。へんてこりんなルールが日常を含め社会全体に蔓延っていたものの、尾崎 豊のように、真っ向から「反対」と云えるエネルギーを持つものでないとされていた時代でもあったかと。

長男の学校では、朝と夕方の時間帯、希望当番制で「読み聞かせ」を行っている。青はこっそり、名前を入れて提出し、選ばれるかどうかワクワクしながら吉報を待っている。若し、「読み聞かせ」が出来るようであれば、大いにジャレ合いたいと決めている。(笑)色んな思いが交錯する中、今、出来る事に、参加するべきだとも思うんだよね。

しっかし、このまま小泉首相の性格からして、真っしぐらに参拝に向け行動するんだろうな。靖国神社参拝問題については、先般、新幹線内で一緒の車両となった前官房長官の諮問会議が、答申されてる「宗教的中立(無宗教)国立追悼施設」の早期建設推進をし、首相をはじめ、海外の賓客も戦没者追悼と平和の為に献花できるような場所を確保することが大切であり、これまた待ったなしの事案と考えるのだが。。。

首相は、自身の参拝について「適切に判断することは変わりない」との発言を変えていないが、首相の公式参拝は憲法上も疑義があり、是非やめるべきだと思う。でもって、他の国民全体が支持できる「戦没者追悼の在り方」を、新公邸内にて深々に考えてもらいたい。

寝床についた次男等と先程まで、青と長男とで演じる劇場版「浦島太郎」(って、勝手に云っているのだが)を、行いながらちょっぴり汗する。今の次男は、意味が分からずとも、色んな言葉を吸収しまくりたいモードのようだ。

寝ながら、「おれって、ばかなことした!」と急に口走るので、一同大笑い。青が、「ねぇーねぇー、今しゃべったことの意味、分かってる?」と聞くと、「ゼンゼン、分かんない!」とか。せっかく寝かしかけたのが大爆笑に。「浦島太郎」より面白いと、駄目出しくらう青。

灯りを消しながら、「カメさん」はその後どうしたの?と尋ねると、「じゃぁーね、バイバイしたッ!」って速球。仲々今晩の就寝は、巨人戦のようだったかな。(; 😉

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オカリナで、” に対して1件のコメントがあります。

  1. 佐藤節夫 より:

    青っち様へ
    おはようございます。
    不幸なことが続きます。哀悼の意を表したいと思います。
    靖国神社参拝について コメント致します。五月四日が近づいて、どうなるかわからない情勢ではある。先般、小泉首相と胡主席との会談で、「適切に判断する。」と言ったことの言葉をどう実践によって証明するかが、問われている。 先日、教科書問題でここにアップさせてもらい感謝しておりますが、参拝について、中日新聞の小出編集局長のコメントが光っております。
    要約させて頂きます。『日本が戦争に負けた1945年8月中国国民党の蒋介石総統はラジオ放送で「決して日本人民を敵とせず、敵軍のかつての暴行に報復を加えてはならぬ。中華民族の至高の伝統、与人為善、不念旧悪に誇りを持て」
    これが有名な「怨みに報いるに徳をもってせよ」の演説である。その結果、二百数十万の日本軍将兵が祖国へ送還された。時は移り、1972年日中国交正常化交渉で、田中首相(当時)に対応した周恩来首相(当時)は「あの戦争の責任は、一握りの軍国主
    義者にあり、一般の善良な日本人民はその犠牲者である。中国人民と同じ犠牲者に対して、莫大な賠償金を強いるべきでない」として十億の民に怨みをこらえさせた。
    今の日中関係は、こうした「こころ」の上に成り立っている。怨みに報いるに徳をもってした国には、礼節をもって返さねばなるまい。』と以上です。戦没者への思いのあまり靖国参拝は 戦争責任を負うA級戦犯(一握りの軍国主義者)も合祀されている神社への参拝であるから、中国人のこころを無視し、どうして非戦の誓いを立てることが出来るのでしょうか。戦争責任の曖昧さを引き摺ることなく、日本人特有の「二度と起こしません。」を本当の言葉になるように願いたい。
    やはり、青っち様の言われるように、国民全体が納得できる「戦没者追悼のあり方」を議論され、宗教的中立の戦没者追悼を出来る施設建設を願ってやみません。
    なにしろ戦争を知らない団塊の世代が還暦を迎えようとしている。自宅の庭に防空壕を掘って入ったなんて知らない世代です。小6の教科書(東書)にはりっぱな写真が載せてありますが、どう伝えたらいいのだろう。長いコメントになりましたが、よろしくお願い致します。 佐藤節夫

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