父の日、

毎回照れるのか、「おいでヨ!」とか、「泊まっていったら!」等々ことあるごとに両親を誘っては、断られっぱなしな青っち。今回はかなぁーりな折衝の介あって、はじめて自宅へ来ることに。

年金問題が専門の方や、お得意な方等は、昭和16年生まれが、現況どういう扱いになってるのか、教科書など観ずにでも答えられるだろうが、専門編はその方等に任せ、父は、60才でキッパリと、とある業界団体から一切のしがらみを絶ち切った人間だ。(世間で云うところの、人脈を有効活用しながら、現役を続行できる実力を持っていたと青から観ても察しが付く)

そんな、父の同僚だった方々へ逢いに大阪から母と一緒に遊びに来ていた。

一番逢いたかった同僚さんが、ガンでお亡くなりになったことを、訪問先で知らされることになるのだが、さすがにその晩は寝るに寝られなかったようだ。

後日、気を取り直し、母と再度訪問。

父の世代(特に中学校)は、同窓会が頻繁に開催されては、参加してたようだ。直近でも、悪友且つ、幹事長に就かれてた、故・謀議員がこれまた亡くなった事もショックが大きかったと。

父を観ていると、
「まだまだ、これからじゃぁないか!」
「死・離別・病気など真剣に考えて行かねばならん!」

…と、半々な心情が汲みとれる。

そんな、父が、三重のターナー家族等も含め、合流の昼食会を新宿で催したいと、それぞれ女性陣にメールが飛ばす。子供等のことを気遣ってか、日頃油モノを口にしない両親が、何処で調べてきたのか、「とんかつ」を食べさせたいとハシャギ、大いに盛り上がるのだった。

大きな子供は、すきっ腹に生を「グビィ!」(-.-;)y-゚゚゚

新宿ひろしと云えども、真っ赤かで歩く大きな子供を世の男性陣等が、避けて通りすがる風景はドラマさながら。。。

っま、珍事件はそんな中発生。ターナー家族の次男坊ことマー君が、新宿西口地下街で、迷子も迷子大迷子。結果的に事故もなく見つけるのだが、この迷子騒動があったからこそ、両親は初めて水色沿線に乗車する。

疲れてる父を観ては、青っち御用達のマッサージ店へ予約を即座に入れるものの、親子マッサージは、施術師さんのタイムシフトの関係で見送りと、父だけを頼むカタチで預けるのだった。(なんだか横顔がいつになく嬉しそうで、連れて行った青自身がホッとするんだよね)

その間、母と大きな子供は、サクッと買い物をし、何と我が家で「鰹のたたき」作っていた。もの凄い短時間で、いとも簡単に次々と料理を作っていくプロセスに大きな子供は、一ギャラリーとなっていたようだ。

夜な夜な、市場論からはじまり、おきまりの政治論を語ったことは、青にすれば、かなりリフレッシュになったと。

母には、「大手町駅」の便利なトリックを教えたのだが、これがかなりツボにはまったようで、得意げになっていたのは何とも可愛い。

帰阪前、スタバでラテを皆で口にする時間があったのだが、早い時期に、2世帯或いは、近隣に迎え入れられる環境をつくることを今まで以上に考える青。

改札口で見送りながら、今回青っち自身再認識したことがあった。

を理想的にいかせようというのは、「主観」だよね!その通りにいかないのが、「客観」。

主観」だけで、自分の子供を見るのは、よくないよネ。

子育ては、「客観」から見ないと行けない。

親がいくら愛情を注いでいるつもりでも、子供が実際どう感じているのか。また、親の満足と、子供の満足が一致しないことは、往々にしてあるもんだ。

そのギャップに気付かないと、「こんなはずではなかった!」と、後悔してしまうもんだ。

両親の初めて訪問に、長男・次男等もさることながら、一番嬉しかったのは、他でもなく青っち自身だったことは云うまでもないんだが。後年、今回の「父の日」は、我が家で云う「不朽の名作」シリーズに入る代物には、かわらないはずだ。(^_^)v

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