ゲームと勉強、

T君との朝の約束時間が来ても仲々腰が重い長男。そんな兄を見透かしたように次男が叫ぶ。「…だ・か・ら・さぁ、はやくMさんにあえるんだから!」と。バツが悪い長男は、次男の言葉をかき消すように「行ってきまーす♪」、釣られたT君も「行ってぇー(なぜかここで甲高くなり過ぎ咳きこむ)きます」。(笑)

予約されてる方からの「来電」3本。途中、大手通信会社を辞めたばかりという知人と今後の相談。彼なりに勝負と出たようだ。成功して貰いたい。個人的には、企業の中で昇進されてくタイプだったんで、違う意味でチト惜しい気もする。p(^^)q

一旦、駅前まで来られてる某社社長と車中で懇談。何故か話題の大半が「郵政民営化」(渋いっしょ)。バンをかなり改良しただけのことはある。車内はさながらラウンジ状態。マイバッハを購入すると宣言してるとこなんか、本当に車好きだ。

午後イチ、大きな子供からの宿題の目処を探す。良い感じ。

その後、来客者とビジネスについて、色んな観点から模索する。決することは「ハート」だとも。来年の「今日」を是非観させてあげたい。プロ論と「本物論」の違いは自ずと理解されるだろう。

ちょうど、昨日、BLOG中で公文の話に触れたからか、「ゲーム好きと云うか、ほぼ中毒」とか、「野球練習に没頭中」でちっとも話しを聞いてくれない(=勉強してくれない)等々の、ご意見を貰う。

意外にも、公文のD先生と同じテーマで話していた。世の親御さん等にとってはある意味共通課題のようだ。D先生なんか、青のお話しを十分ご自身の基本線となる立ち位置として、オリジナル化されてるとこなんか上手いんだよね。

ゲームでも、考えて「練習」しないと、良い結果(得点)を得られない。この「考えて」って云う箇所がポイント。また、単に良い結果だけに注力すると、これほど退屈な遊びものない。最後は電池切れでまさにTHE・END。

毎日の勉強も、このゲーム遊びを上手く応用すれば、子供もきちんと静かな「耳」を持って、話しを聞いてくれる。その上で、自分等の気持ちや思い、はたまた、今の心境(学校や友人関係なども含め)を語り始める。一世風靡された「コーチング」も、強ち賢いお母さま方は、実に日々、それも巧みに使われていることに気付くべきだ。

市場ビジネスもまた然り。青っち流に云えば、説得させるだけでも納得して貰うだけでも通じない。「共感」を存分に用いる中でこそ、ヒカリ輝くモノがあるんだから。

ついでに云うと、良く「乗せられる」タイプの方も、意外に多くいるようで、

例えば、「最近、うちの人会社を辞めて、自営を始め今手伝ってるんだけど、うっとうしいのなんのって!」と、喋られる方は仕方ないのだが、その話に、便乗や同感など、思ってもいないのに賛同しなければ「下手い」と思う方が非常に多い。

青に云わせれば、スッゴク損な話しだ。

乗せられても、きちんと自分は「ここまで」っていうものを持ってる人とそうでない人とでの「差」、実は、日常生活においても意外な「面」に波及している。

一番目立つのが、「助詞」を使わず、「単語」ばかりでの会話を何気にしている。

あれ取って、」
そこにあるから、」…等々。^_^;

良い意味で、会話に「イメージ」を乗せ、きちんと相手を確認する作業を忘れないって、さほど難しいことではないはず。

公文で何を話したかの「続篇」は、何れの機会として、今日は思いのまま、綴ってみたり。

来電前に、子供等の寝顔でも観てきますか!っネ。

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