本日限定の美里日、

misato1おはようございまっす!今日は、渡辺美里さ一色に染まる日だ。本日15日(金)0時(既に開始してるが)~24時という、その時間通り、24時間限定もの。「My Revolution ビデオクリップ」が、フルコーラス無料配信。(Windows Media Playerで視聴可能)朝からテンション上がります(^^)v

その昔、盛岡在住時、Nアパートで日々珍道中を繰りひろげていた頃。このNアパートは、各2階建てとなっており、青っちは6畳一間で、生活をエンジョイ(?)しながらと書けば格好良いのだろうが(笑)、まぁーまぁー、今日はあの美里さんの日ですから、一緒に住ませていただいた2階住人のTさんが主役。

獣医を専門とされてたTさん。この方の破天荒な生活は、当時を知るヒト(周辺地域の関係者さま)は異口同音頷く。何がスゴイかと云えば、っと、簡単に記したら大変なんで、綴れるとしたら、渡辺美里さんの曲をベースで弾きながら、セブンイレブン顔負けという時間帯に関係なく、唄う。そう、それも、窓越しから身体を乗り出し、さながらコンサート会場と日々化す。

階下の住人こと青っちも、渡辺美里さんの名前ぐらいは知ってはいたが、来る日も来る日もコンサートとなれば、道を歩きながらや、車の運転時でも、鼻声として出てくる現象は、「素晴らしい」の一言だ。唄だけじゃないってところが、コンサート、それも西武球場を演出してるところは一ファンを凌駕しているんだから(笑)。

misato2 そんなTさんが、毎年連続化して興行される、美里さんのコンサートについて、良く青っちに「何れ節目の時代が来る。それを受け入れるモノだけが美里さんを語れるんだ」と。洗脳と云うより、迫力に圧倒。

(79年4月2日から「ドラえもん」のテレビ放送開始、03年テレビ放送25周年を迎えるに記念し、25周年の年の「ドラえもん」のオープニングテーマ「ドラえもんのうた」を彼女が唄ったことは懐かしい限り。)

当時(85年から86年)、ラジオのパーソナリティをしていた彼女は、あるリスナーの葉書を読みながら、スタッフから「今度、西武球場でライブできるみたいなんだけど、やってみる?!」と云われ、「ウン!いいんじゃない。やろうよ!」と、応える。

misatoデビュー翌年、弱冠20才の強心臓振りが、のちに20年連続スタジアム・ライブと云う伝説を生み出すのだが。「My Revolution」を作曲した小室哲哉等、当時のレコ-ディング・メンバーが演奏の脇を固めたことも有名。 (86年8月8日、西武球場で初コンサート。「MISATO SPECIAL ’86 KICK OFF」と銘打って、名古屋、大阪でもスタジアムコンサートを行い、女性シンガーとしては日本初の試みとなる)

このフルで唄われてるビデオクリップは、次の場面として、ご本人が、赤裸々に20星霜について語られているので、必見だ!!

M・Renaissance~エム・ルネサンス~
渡辺美里 ESCL-2663~ESCL-2665/
アルバム/2005.7.13/¥3,990(税込)

20年、安易でない数字だ。

妥協せず、さりとて「自分というカラー」は出し歩み続け、常に新しいモノへチャレンジしていく「姿」に、固定ファンと新しいファンとの交流が地について行った賜物なのではないかと。

矢沢永吉さんのコンサートもまた然り。妥協はせず、しかし、常に新しいモノ(分野)へ挑戦し征く姿が、往年のファンを虜にし固定層の維持へとつながっていく。

市場サービスも全く同様のことだ。

企業(個人)が目指し征く箇所へは、一切の妥協はせず、さりとて市場(ユーザー及び新規顧客層)が求めてる分野は限りなく取り入れ、半歩前のサーチライト越しと照らし、大切な安定顧客と新しい顧客とを育成し続け、何かあれば顧客の方に階段を下りては、「共に」の姿勢を出す。

元気のある企業は、上記共通事項を兼ね備えている。

っで、毎年何かと話題を振りまくユニクロ。今度は「人事」と来たか。今夏8月末、創業者が復帰し、陣頭指揮を執りながら、社長兼任で会長職。現社長の玉塚氏は、一時は取締役などグループ幹部への慰留及び降格となっていたが、社を離れるカタチをとるようだ。待てなかったんだろうな、創業者としては。

カタチ的には違えど、SONYの大賀会長(当時)が、次期社長として指名したのが出井社長(当時)。業績が波乗りとなったり、紆余曲折するシーンでも、大賀氏は、自らが指名した人物を託し、出井氏本人からの決断で、現・SONYの新執行陣等が存在がある。

どこまでも、やはり「ヒト」だな!

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