厳しき道理、

今日は、少し真面目に物申しておきたい。

水はいったん濁っても、やがて澄む。月は雲がひとたび隠しても、また晴れる。これが自然の道理である」。1279年、この8年前の佐渡の地での日々を振りかえられた至言である。過日、後輩からの手紙の中で最も印象に残った1つである。

「正義」は、一時的に如何に歪められようとも、やがて必ず証明される時がくる。また、断じて証明せねばならない。とともに、「悪」はどのように装うとも、何れ必ずその正体があらわにされ、滅び去っていく。

つねに他人に勝つことを願い、人を見くだし、他者を軽んじ、自分だけを尊ぶ。それはまるで、トンビが高く飛んで、下を見おろす姿のようである。それでいて外面は、仁・義・礼・智・信という徳を掲げて、(表面的で、自己満足の)低級な善心を起こし、修羅道を行ずるのである」。

これは、天台大師の「摩訶止観」で、修羅の卑しさを分かりやすく表現している。すなわち、修羅(嫉妬とあらゆる人を見くだし、押さえ込もうとする「正他の念」である)は、内面では「我尊し」と驕れながら、外面では、徳を備えた人格者のように振る舞う。っま!偽装がうまいのである。

っで、その根本は、自分をよく見せようとする「見栄」であり、他人を見くだし、人を蔑視する「傲慢」であり「驕慢」そのものであることだ。

今BLOGを汚したくないので書くことを省くが、これだけは明確に記載しておきたい。BLOG運営(作成および更新)で、決して行ってはいけないことを度々繰り返す行為者は迷惑千万この上ない。更に、犯してはならない同業ルールの逸脱。共通意見と示された企業側書面の抵触等。『筋』は通すべきもの。まがりなりにも法人格ならネ。

かえすがえす「書面」を侮ることなかれ。

お相手が、「堀家拓夫」であることを、努々忘れないように。(^_^)v

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