「つまらない」なんて云わせない、

20060520過日とあわせ、今BLOGでのご紹介は2回。今朝早く、奥さまのご配慮から長男へ「色紙とサインボール」を丁重にいただく。彼は一目散にボールを磨いては机の上に置き眺めていた。まるで、のび太がしずかちゃんを思うように。(#^.^#)西武M投手の活躍と、御家族の健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。長男はとても喜んでおります。<(_ _)>

毎月行われる、地域の集いに参加。真向かいのマンションで管理人をされておられるTさんは、業務以外で「何か」地域の役に立つことはないだろうかと考え、隣接する信号機がない交差点に目を付け、朝に夕なにと「旗持ち」をし、安心されて通学路をわたってもらうことを決断され、地元警察署へ出向き、趣旨を説明しては了承され日々取り組まれている。

Tさん曰く、色んなちびっ子に、「おはよう!」・「お帰りなさい!」など声掛けを行えば、元気よく「おっはよう!」…との返事がたまらなく嬉しいと述懐されていた。いつも一番最後にわたる子供さんが時間通り交差点に来なければ、大変心配してしまうと。

会に参加されている、各壮年さん等一同は、「いやぁー、知らなかったです。毎日、娘が大変にお世話になっております。」と語られていた。なかなか出来るようでいて難しいことだが、「使命であり」「生き甲斐」とされて臨まれているTさんには本当に頭が下がる思いであった。

『「個」の時代』を何か勘違いされている方が多い中、地域社会において、直ぐに取り組めることの一例とし、昨日のBLOG記事ではないが、子供等に対し「知る知らない」を越えての『声掛け』をやっていきましょうと語らせてもらった。

何か・誰かの「受け売り」ばかりを話される方には本当に気の毒でならない。聞いているとされる方々は、「あぁー、また始まった」と決めつけては話しを聞いている『フリ』をし貴重な時間を潰す。注意や建設的な意見がなされないから、その方々は自分に酔い続けてしまう。

悪循環極まりない。

今日は、別件事案もあり、且つ、ちびっ子等も懸命に大人の話し合いに参加していることから、見るに見かねて、与えられた2分半に凝縮したカタチで率直に思いを告げた。

仮面舞踏会はやめませんか?!

参加されてる子供等は、きちんと大人の会話を耳にしながら、それが、本心で云われてることか建前(格好をつけたロボット)かぐらい、見抜くチカラを持ち合わせているのだから。

「清い水の流れ」を譬えにして説明された方に対しても、清流であれ、生き物。時(タイミング=その時という意)として、荒れ狂う時もあり、そのことが全て悪いとされるのであれば、「川」はできないことも付け加えながら話をまとめた。

帰り際、団塊の壮年から、「いつになく辛口でしたねぇー」と囁かれる。

踵を返しながら、「あれを、辛口とするから、自らの半生でもあるサラリーマンについて、つまらない団塊時代と言葉に出すんですね!」と存分にボールを返させていただいた。(^_^)v

環境や立場なども含めて、また、五百歩譲ったとしても、自らの半生を『つまらない』という一言でごまかす大人に、学校教育や育児、市場や政治経済などを語る資格はない。だって、『つまらない』ことなんて何ひとつないのだから。

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