恋心の開花だったり、

「今から、文房具店へ行ってくる!」。大きな子供との論戦を制した長男。担任の誕生日(明日の七夕)に対して、洒落た文房具を購入しようとしての発言。あまり様子が芳しくないようだったので、ちょいとばかり尋ねてみた。「なぜ?文房具!なぜ?お金を使うのか…」と。勘の鋭い彼は、この→記事(良いCMだよね、 )を思い出していた。

「確かに、お金を出せば、時間も短縮でき、素敵なものが選り取り見取りだよね。でもさっ!今、自分が出来る渾身のチカラを振り絞って、ココロからお誕生日おめでとう!って言葉に添えるモノは、何もお金を使わなくとも出来るじゃん」。

思案しながら無言の彼。でも確かに頭の中で考えている。

(書くまでもないことだが、お金を使うことを否定してるわけではない。時には10円(税抜き)のキャンディだって嬉しいもの。今回は、クラス全体が安易に「お金を使う」行動に対して、是非考えて欲しかったからだ。)

「クラス全員のことは分からない。でも、各人がプレゼントするっていうんだったら、もっと自信もてばいいじゃん!」

「…。」

「弟が体調崩してたとき、点滴の最中に折って魅せたり。皆がいつも感動したりするもの。そっ!折り紙。今まで、結構難しい作品を選んでは挑んでたけど、それでも正直言って選んでないものがあるはずだよね。難しいんだから当然だ。今回は、目の前にあるその究極の作品を敢えて選んで挑んでみるのも1つの選択肢だと思うよ」と。

数分後、上記CMで流れる「谷川俊太郎・作品」を口にする彼。

おもむろに、折り紙本を棚から両手いっぱいに抱いて、早速注視していた。

その姿に、「へぇー、意外と簡単なものを選ぶんだ!」と横やりを入れる大きな子供に対し、「本番を前に、手と頭の準備運動だよ!」とサラリとかわす長男。

七夕誕生日に向け、明日の未明から創作に入ることを促し布団に入る彼は、まるで担任と「恋愛」しているように感じ、意外にもほのぼのとする気持ちを逆にもらう。(#^.^#)

「ココロからの贈り物に、値段はナイ」と常に思っている。過去記事にも書いたことがあるが、泥に油まみれに働いていた頃、道端に咲く秋桜を農家のおやじさんに、その秋桜がどうしても必要な理由を述べてもなかなか許可を得れずにいた。

ギリギリの選択で、最後の訪問と思いながら田畑へ出向けば、道具も一切貸さず時間厳守で、今回が最初で最後というルールを畦道から話された。これは別日だともったいないと感じ、その足で通常のハサミをポケットから取り出し、一気に摘ませていただいた秋桜。

大きなバケツが驚くほど、摘んだ秋桜を紐で「キュッと」結び、水を少なくしたバケツが車中で転けないように施し、関門トンネルを通って目的地へと。

玄関にしか置くことが許されず(当時(笑))、その玄関中で、きつめに結んだ紐を解いた瞬間の、千本近い秋桜達の「華麗な舞」と「この上ない自然の香り」、まるで荘厳絵巻そのものであったことがまるで昨日のように感じた。

長男の折り紙から、逆に色んな事象を思い起こさせてもらった。

ありがとう!

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