不完全なプール日、

まもなく、1学期が終わる。本日、2人ともプール授業がまたも中止。やるせない気持ちが充満。「曇りなんだし、風邪を引いたらそれこそ大変!」と大きな子供は諭すのだが?っま、当然解せない長男はココロの整理をと、「泳げない」ため息を、あっさり吐こうとするので間に入った。

「考えることを止めたらイケン!」

「なぜなんだ?!」と考え、それも徹底して分かるまで考えないと、自分の得たいとする答えにはたどり着かないと。

そのうち、「泳げない」から面倒くさくなって、「泳ぎたくない」に変わってしまうプロセスも話す。

海であれ、山であれ、一連のキャンプにいつも「晴れ」が迎えてくれるわけがない。

雨に濡れた衣類のままだと、一体どれほどの重たさや動きにくさが生じるのかなど、物の本やお話しでは、各人等の肌感覚は到底味わうことが出来ない。

海水浴シーズンに限らず、海やマリンスポーツを愛する方々は、シーズンなど選ばずに訪れる。(当たり前のことだが)

文字にすれば呆れてうつるんだろうが、流される浮き輪や空気入りスイカ等を追いかけるシーン。あれぐらいの距離なら大丈夫。そのうち、無心へと変わり、いつしか「焦り」に変わる。

なかには、手にさえ出来れば、たとえ力尽きても空気が入っているから大丈夫。さらに誰かが助けてくれる。大体こんな感じだろう。

その道のプロが出動する際、ここにもマニュアルたる基準が厳守されている。当然のことだ!しかし、現実的にそう簡単にはいかない。プロの方々が出来ない守備範囲もあるからだ。

青っち自身、過去一番辛かったことがある。

海辺での花火大会が終わり、片付けも全て完了する頃は、日付が変わる時間帯。アルコールのピッチと参加者の気持ちがMAXにもなる。泳ぎ出す方が増える。それもアルコール片手に。ゴムボートを持ち出す人もあれば、きれいに掃除し片付けたボートを海へと出す。

ゴムボートなど、ひっくり返ることがない!と決めつけているが、気分絶好な方にすればいとも簡単。昼でもなければ、アルコールに、友人等や彼女に対しての思いから、とてつもない沖合なる距離まで進まれたり。

その後、予想通り、6人ぐらいの集団が溺れ始める。正直得体も知れない恐怖を感じる瞬間だ。

こっちは、「恋のパトロール」で厄介な時間帯でも。遊びながらも、やはり気になるので「要観察」。

事件が起きても、救助を本職にされてる方や警官さん等も、想定外の時間帯とあって、身動きできず、ただ沖合から聞こえてくる「声」の方角に目を向けることが精一杯。

「だめっしょ!そんなことしてたら」と。

恐怖感を忘れることのないまま、海へと入って行った。こういう時って、ドラマじゃない分、誰も止めたりしないんですよねぇ(笑)。自信が過信になったら、こっちもやられる。

っま、略すとし、1台のゴムボートと木船の乗客を足がつくところまで運んでは、頭を冷やして貰う儀式とし、投げ飛ばしながら、自然界(海)の怖さを知ってくださいとばかりに、投げ飛ばす。

大半の方が、まともに海なんかで泳いだこともない。若い頃(十分若いだろ)、学校のプールなんか安全対策と言って訓練のための訓練ばかりで泳いだ記憶がない。

特段、誰かが悪いと書くつもりは毛頭ない。

長男等には、泳ぐ楽しさも、不測な場合があっても安心できうる「楽しさ」を学ぶ重要性を、プールであり海であり、自然のチカラを学びながら、楽しさを大いに学んで欲しい。

子供等のプール日が、「雨が降るかも」などの理由だけで中止にせず、「なぜ!」なのかを授業の中に入れ込んでいただければと。

時に、左足さんに恋しちゃった乙女さん!剛健な肩や骨太に嫉妬せず、「ケセラセラ♪」の思いで。たまには、大切な夏を想い出しながら、生きてる実感を感じ取ってみられればよいかと。(^_^)v

腰を下ろすには穴場な「室津」。特牛から下って走らせる車中からの「土井ヶ浜」。見て良し、泳いでヨシ!泊まってヨシ。真っ白いシーツを砂浜に置き換え堪能するのも「あり」ですね。(#^.^#)

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