「ため」と『側』との相違、

ドロ団子を如何に格好良く、そして丈夫な団子にするのか、子供等の白熱した議論が続く。「自転車鬼ごっこ」たる遊びを教える約束をしてはいるものの、半数の親御さんから「危ないので…」との意見から、希望する子供等への説得が今日も続く。

自転車運転時に転けない自信は何処からくるのだろう。転けないため、世間で言う「…のため」という類は、知識から『智慧』が生まれてくる。ここが肝要そのもの!

朝一番より、何時になく緊張感が漂う。

あるスタッフは、涙を堪えきれず、キーボード上を濡らしながら、がむしゃらに自分自身と対峙しては、何とか前進しようと挑んでいる。また、違うスタッフは、「こんなにも大の大人が変わるものなのか」。イヤと云うぐらい現実を目の当たりにする。

お客様の「ため」と、お客様の『側』との相違について、繰り返し語り合う。

上杉鷹山は、「人君の心得」として、『国家人民のために立ちたる君(藩主)であって、君のために人民があるのではない』と、戒めた。

藩ではこれを、「伝国の辞」とし、代々の藩主に引き継がれたことは周知の通り、あまりにも有名なことであり、ここには、明らかに主権在民の思想がある。

当時として大胆な、この考えは、フランスの「人権宣言」よりも、4、5年早く書かれている。

財政破綻した藩を、見事に立て直した改革の底流に、愛民の思想があったればこそ。上杉鷹山の偉大さは、この思想を自ら、カタチにあらわしたことにあるだけに注力していきたいもの。

「今すぐにでも「羽」が欲しい?」。次男が大きな子供へ質問する。究極な質問なので、大きな子供は、少し躊躇するだろうと黙って見守っていると、「欲しい!欲しい!!」と駄々っ子ちゃんへと変身する始末。  ̄|_|○

「羽を付けてどこに飛んでいくの?」。とびっきりな突っ込みを長男が入れる。

「羽があれば、いつでもどこでも飛んでいけるヨ!」と大きな子供。

「答えになってないしぃ!この場合、何故必要なのか!その必要な羽で、具体的な行動を立てているのか!」等々の回答を、素直に待ってるんだよ。と、次男を代弁する長男。

はて?!

これらの法則って、何かに置き換えてみたら実に明瞭なる事実を手にすることができちゃったり。(笑)

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