子供・本音相談のキーワード、

今日は、「花火大会に来てます!」なる連絡がことのほか多い。なかでも、写メールで花火は慣れたもの。今回は久し振り、留守電実況中継が入っていた。「「あらぁ、花火が上がった。ウンウン上がった。」って、肝心な花火の音色が聞こえませんからぁー」と。でもその気持ちには感謝します。1尺5寸玉打ち上げに、尺玉連発打ち上げは毎年圧巻だろう。幾度なく留守電を聞く。(#^.^#)

夕方近くから始まった、「子供相談」。親御さんに地域の責任者さん等も加わり、別部屋で子供を待機。大きな子供の電話に対し、誤解をそのままにしたくないという主旨から話しはスタート。

フワフワした空気が勿体なく、またイヤになり、話しの矢を受かるカタチで参加。終始、緊迫した空気のまま、子供が発する本意の受け取り方をはじめ、親の在り方等々を一気に話しをさせていただいた。

…王の志を臣が述べ、親の志を子が申し述べるとは、このことである…」と、至言集にあるとおり、親から子へ伝え託してゆく「志」。これは、古今東西、様々な「志」があるものだ。

世間を轟きわたる大事業への「志」ほど、壮大且つ永遠なるロマンに満ちた志はないのも周知の事実。何れの時代、何処の国、如何なる企業や団体でも、労苦もなくそれなりの難も乗り越えずして、偉大なる歴史の構築を成し遂げたためしはない。鉄則と云いきってもよい。

仕事柄、シンプルだと思い接している「相続案件」。周りからは、究極であり王道たる立案だとの声を頂戴するが、本人は至ってシンプル。

よく、「家族」から『遺族』への話しをするのだが、更にお話しをさせて貰うキーワードがある。それが、「後継者」だ(ここで云う後継者とは、企業等の意味するような安易なものではない)。

例え、家族に先立たれたとしても、残された家族は、「遺族」というよりも、『後継者』としての自覚を深く持つこと。如何にして、「後継」への思いを新たにしていくべきか!この琴線を触れずして、立案された設計は、瞬く間に色褪せてしまう。

ココロ賢く、清らかに、そして心強く、人生航路の大義を貫く親の姿にこそ、子供らもまた続く行動をとる。ここに、確かな「後継」の道がある。

ヒトとして「生」を受けた以上、人類の一員として、後世に何を伝え、残していくか!学生時代、諸先輩方がことあるごとに叱咤激励された急所でもある。

財産を残すというヒトもいるだろう。それはそれで否定するものでない。但し、残した『美田』のために、かえって子孫が堕落してしまう場合がある。また、幾ら財産があっても、絶対に無常は、まぬかれえない。永遠に輝きゆく無上の財産とは・・・。よく聞かれる言葉だ。

ともあれ、究極の「財産」を手にした幸せは、何ものにも代え難い。「人材」も併せ考える要因でもあることは確かだ。

建物ではない。やはり「ヒト」である。組織も社会も、盛衰は『人材』で決まる。ゆえに、この『人材』が出ないのは、組織や社会におけるTOP層の責任であることは間違いない。

直ぐに社外へ目を向ける前に、社内に居られるであろう未来のTOP層へ。新しき人材を見つけ、その人材を育て、チームをつくりゆく。そのヒトが『人材』であることを忘れてはならない。

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