本当の教育って、

子供等の夏休みも佳境に入る。先般より引っ越してこられたシャイなM君について一抹の不安を感じていた。2学期を前に脳裏をかすめる懸案なだけに、今日はそれとなく長男に話題をふってみた。なるほど、既に一抹の不安は直面しており、ここ連日M君に対しての攻撃を見るにつけ彼が止めに入るが、「上級生が下級生」の構図を指摘され、彼の仲間やその親御さんから「良識」ある意見を寄せられる。

未だに、悪質な虐めは、『上級生→下級生』と決めつけている教育現場に呆れ果てる。そんなにお馬鹿じゃないですよ!今時の上級生は。

この構図を逆手にとる下級生が、陰湿な行動に出ている場面を注意すらせず、「何で!大人はその子等に注意しないの!!いけないことを止めさせようと私達が注意すれば、「無視しなさい!」っておかしいよ。」と、優衣ちゃんのココロの叫びに何とか応えてあげたい。

時間をおいてお越しになった親御さん等の声も伺うのだが、ここでやっかいな問題がおきてしまう。なぜか俗に言う「マザコン」ママの登場。

まぁーまぁー、色んな事があるもんです。ハイ!

親が子を理想的に生かせようと云うのは紛れもなく、「主観」。その通りに行かないのが、『客観』であることは周知のこと。「主観」だけで、自分の子供を見るのは明らかに良くない。子育ては、『客観』から見ないといけない。

親が幾ら愛情を注いでいるつもりでも、子供が実際どう感じているか。「親の満足」と、「子供の満足」が一致しないことは往々にしてあるもの。そのギャップに気付かないと、「…こんなはずではなかった」と後悔してしまう。

少子化の影響もあるのだろうが、ともすれば過保護、過干渉になりがちなママさんが増えてはいることも否めない。

「子供のために」と、思う気持ちは大切!けれど嫌なこと、辛いことまでも親が先回りして「経験」させないようにすることは、「百害あって一利なし」。

親子が何時も一緒。行動も一緒と云うのは、むしろおかしい。なぜなら、子供は成長するチャンスがなくなるからだ。その子等は、他人が怖く、すぐさま母親の側に巧にすり寄る。結局のところ、逃げる人間をつくってしうまう。

「本当の教育」って、誰とでも付き合える強い人間。何が起きても乗り越えられる人間をつくることに他ならない。一人では成長なんか出来やしない。

良く祖父が講壇で語っていたことがある。子供ながら鮮明に覚えているもんだ。

「子供が転んだり、躓きそうになった時、手を差し伸べたいのが親心かもしれないが、それはまさしく「小善」そのものの子育てであり、『大善』の子育てと云うのは、自分で生き抜くチカラを付けてあげることに尽きる」と、真剣な面立ちながら、笑みとシワの絶妙なバランスは祖父らしい!

そんな祖父談を語るにもってこいな行事を、大阪の父から知らされる。父の本意が分かるだけに、今月末ギリギリまで申込を待ってもらうことにした。

そんな父も、この秋東京で開かれる「日建会」出席のため上京。母も同行できるよう頼むのだが、あっさり却下。_| ̄|○
(っま、時期が来る際、奥の手でも使っては母も楽しめるよう試みるつもりだ。(^_^)v)

昨日から体調を崩していることもあり、今夜は早めに休むこととする。タイマーセットをしながら、おやすみなさい。

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