海舟の宣言日、青っちの確認日

「少し話しがあるんだけど…」朝の時間帯に、いつもの照れ気味な海舟ではなく、真顔で向かってきた。「お兄ちゃんの学校を受験したい!」と、今回は、きっぱりと自分のコトバで宣言してきた。「じゃぁー聴くけど、どうして行きたいと思うんだ」との答えが、えらく明快であった。「色んな事を学びあえる環境を、自分が作っていけて、学校もそれに応えようとするところ」。と来た。これは、とても意味が深いんです。ッエ、そんなのどこの学校でも出来るっしょ、とか、それがなぜ受験なんだと眉唾物のようにうつるかもしれない。でも、海舟がこの4年間、あたため考えてきたこととは、まったく別次元なものなのだ。なんやかんや言いながら、やはり昨年末、金吾が帰省していた際、兄弟で話しを交わしたな。(とてもイイ事だ)

真顔で来た、海舟とその理由を聴いたからには、答えは自ずと決まっている。なので、あれやこれやと、今朝は一切触れず、ただ、「分かった」とだけ告げた。海舟は、そのコトバの意味するところを汲んだようで、うっすらと笑みを交えながらも、なお真剣モードで青っちを見つめていた。さてさて、青っちの中で消化すべきことが満載なだけに、感慨も一入。金吾の時のようなドラマさながらな状況のようには行くまい。しかし、ここ最近の海舟は、「人として」本当に進化を遂げている。逆に、青っちがやらなければならないことは継続するとして、早速にも環境整備をきちんと整えていかなければならない。

剣道と勉学の二道をやり抜く環境としては申し分ない。ある意味で、海舟もまた、金吾同様に、使命の道を歩み征こうとしている。これは、金吾の時に、既に決まっていた道なのかもしれないと、業務の傍ら、快晴の西葛西空を見上げていた。ちょうど、4年前の今時分には、法戦の中、初陣の伊藤さん陣営で、全くの新しいトビラを黙々と一軒一軒と開拓していた。青っち的には、もう一度、人生のチャンスをあたえていただいたと強く確信する。本当に何もかもが同じ情景だ。ここ一番!という人生の中でもそう何度もあるような機会でもないだけに、年頭からの心根の水嵩がドンドン増している。

ココロ美人になれぬなら、なれぬで良いではないか。申し訳ないが、法や策に溺れるなら、もう一度落ちるがイイ。前に進むのも、ドロップアウトするのもその時、自分が決めるのだから。宿業の意味するものがどれだけ深いものかを、いつの日か真剣に考え向き合っていくことだろう。ただ、そこでも考えないかもしれない。それだけ宿業との向き合いは厳しい。ようは自分次第だ。どんなに虚勢を張っても侘びしさしか残らない。穴賢穴賢。

今夜開催された、創立100周年に向けて、初年度でもある2011年。その最初の築座談会には、海舟と2人で参加をする。一人ずつ「この一年の決意」を語り合う場面があり、海舟は、ここでも「今年の目標は、勉強!」と高らかに宣言したのだ。ある方は、ご主人の職場関係での知り合いが、実生活が難しい病に患ったとあって、あり合わせだけど毎食を作っては、ご主人に渡しお届けされている中で、そのご主人がポツリと語ったエピソードを紹介されていた。「こうして、なにげないことのような手作りの弁当をこしらえる幸せ、それを手渡せる行為ができる幸せ、嬉しいね!」とご主人から語られた際、日々何かと忙しい中、身体が勝手に弁当をつくっていて、そういうことを思ったことがなかっただけに、「主人から、何気ない幸せは、有り難いね!」と言われた時、自分自身が本当に、そのシンプルな幸せを気付かせていただいたと話されるお姿は、とても眩しかったです。

今月度の拝読御書は、「日女御前御返事」で、青っちが担当。

日女御前は、池上宗仲さんのご婦人であるとも、松野殿の娘で窪の持妙尼であるともいわれているが、詳しいことは不明。お手紙の中で、銭五貫文(五貫文裁きで有名な南町奉行@大岡裁きでも出てくる。今の貨幣価値にするとおおよそ50~60万円)と、米一駄(馬一頭に負わせた荷物))のご供養をされながらも、ほんほん毎の供養を願うなど、強いながらも賢く、何よりココロ美人だった方に対してのお返事である。キーワードを、「信を以て源とす」に照準をあてながら、なるだけ分かりやすいアプローチを行った。青っち自身、今回も担当であったが、とても良い学びをあらためていただく。帰り道、海舟から、「あのお話しなんだけど、僕でも分かったヨ!なんだか勇気がフツフツって感じだね」と、コメントを寄せられ、担当者冥利だったな、と感謝した。

ともあれ、海舟と青っちの船出が始まる。

そうなんです!大海に躍り出る一日となりました。(ヨシ!)

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