「教育から共育」に向け始動再開

「ココロ美人」と、そうでない方についての質問が先月から数多くお寄せいただく。内容を読めば、「コメント欄への投稿はチト厳しいんですよ!」と、言う意味がよく分かります。(#^.^#)大丈夫ですよ、きちんとメール連絡いただいたものは、すべて青っち自身が読んでおります。その前に、「自分『らしく』」と、「自由『に』」とは明らかに違うことを認識できず、あるいはしたくないのか、はたまた、面倒くさいで片付けるのか、色々とかって解釈を気ままにされている方も結構居られたりします。また、「肯定的否定者」と「否定的肯定者」も、ここにつながってきます。

書くまでもないことが、「否定的肯定者」は、「自由『に』」を都合の良い変換を行いやすく、逆切れを頻繁に派生させやすくもあります。無論、感情のコントロールを上手くできる方とできない方、したくない方等にも分けられる。でもねぇー、上手く感情を変換できていると自負したり、「あまり気には留めません」や「そうですね」というコトバを知らず知らずに発していることそのものを感じずに居られたりする。これが、本当になかなか厄介なんです。なぜなら、「学習」をされない。認識をし、振り返り、実践しては自分と相手それぞれに対して「相互確認」をするという一連の『学習』をされないからだ。本当に厄介なんですよ、これが一番。

で、実際の現場では、厄介だ厄介だぁーなんて言ってられないのも事実。現場の最前線に身を置いてこそ分かり合えるゾーンでもある。この作業をおざなりにして振り翳す言葉などは、それぞれの評論家さん等に任せておけば良い。厄介が倍増しまくるだけで改善にはならないとしている青っちだ。「ただ心こそ大切なれ」とあるように、自分自身の心根でもある「ダイヤの一念」を磨くことが大事であり、原石も磨かねば輝かないことは周知の事実でもある。じゃぁー、どうやって磨くか!という前提にあるのが、「肯定的否定者」であり、「自分『らしく』」を保ち続けることができてこそ、磨いていける人、すなわちその人になれていくということだ。

「蔵に蓄えた財宝よりも、身の財(たから)(健康を基本に身につけた技能や資格など)がすぐれている。その身の財よりも、心の財が第一なのである。この手紙をご覧になってから以後は、心の財を積んでいきなさい」

とは、四条金吾に話された有名な至言でもあり、あらゆる場面で常に拝してはいきたい。

「ココロ美人」については、できることなら大学と高校のそれぞれで、年間を通し語り合っていきたいものだ。これは、壮大は研究になるだろうし、「教育から共育」になる架け橋にもなると強く確信しています。そうそう、「生き方美人」を否定しているつもりはありませんから。「ココロ美人」は、現場の最前線で対処対応を行っていけ且つ、分かり合えていけるゾーンとして提唱している青っちです。

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