「人間」の世紀 ~「白い巨塔」より~

「里見、俺の診断は妥当か?!」「あぁー、お前の診断は妥当だ!」今晩急遽、とある企業が組織活性化について勉強会を行うため、小一時間語って欲しいとの事でお邪魔した。

「白い巨塔」を題材に「企業の取り組むべき組織」とは、と語った。恐らく、ココログは、数多くこの番組への記事がお見受けする事だろうが。

今回の番組は、単なる医学ドラマで終わらせることなく、どこまでも「人間」にこだわったと制作発表時に見聞きした。

青の持論である「球体経営」の話に行き着くまで、参加者は皆、何故「白い巨塔」を語るか?固唾を呑んでこちらを見つめていた。彼等の心根に対しド真ん中に。

各分野のエグゼクティブが自ら持ってる才能をきちんと「使わなければならない」し、「使う責任がある」。正にドラマであれ医局であれ企業であれ一緒だ!

負けない経営に達観できたとしても、「勝つ経営」を手におさめている、いや、おさめようとしている企業は、この「人間」をテーマに組織から始まって商品開発や人事などの経営戦略に対し「真剣」に向き合っていない。

なぜか?!

こたえは、簡単だ。「人間」即ち「人」を最後まで信頼できないからだ。

無論、騙し騙されの企業年月があるのは周知している。しかしながら、正に、今この時代、これからの時代は、この「人間」を基軸にしたテーマへ焦点を定めて取り組まなければ、一体何のための企業か。

世間から「<何のため>という短刀」を真っ正面に突きつけられて、刺さる事も出来ず、逃げる事も出来ず、ただ、その場で立ちつくすだけの姿になると、青は思う。

また、里見が財前に、不安はないかとの尋ねに、「不安はないさ、ただ無念だ」と。この無念とは、ラストシーン、屋上から車椅子で、遠くそびえ建つ白い巨塔を財前は観ながら、「悔しい」と、利益のない涙は流さないと言ってのけた愛人を前にし、唸る。さらに、「俺は真剣に」と真剣と言う言葉が少なくとも3回は発せられた。

あの妻が吐く「この人はそのような事を望まない」。そして、駆け付けた母が「よく頑張った、ご苦労様」と。

青は思う。果たして財前は、本当にセンター長になれないだけの「無念」や「悔しさ」だけで最後のワンシーン中、里見の手の温もりを感じながら涙を流したのではない、と。人それぞれ、ましてやドラマであり、気鋭なCM出身監督の頭の中はわかり得ない。そう、答えは各自が出すべきと考えている。

組織の中で「真剣に偉くなろう」と進んでも、その組織自体が違う意味で「死に体」となっている現状に、昨今の企業が繰り返す不祥事などが本気で対面など考えようとしない事を知るべきである。

良く、「出る杭は」って言葉が使われるが、これからは、「出過ぎた杭」になれれば、いや、そう言う集団が「求」のように円陣を組めば、どのような状態であれ対処し、「利益」を出し続け往く事が可能と。

原作の後書きに豊子女史は、この平成という時代に渡すべく「バトン」を青等の世代に託そうという活字から幾つかの選択できる答えが導き出されそうだ。

然しながら、今作品を手懸けた監督は、「人間は死ぬ」というキーワードを自身にも視聴者にも発したかったのではないか。

であるなら、「臨終只今」という言があるように、最後の最後に、笑みを浮かべ「我が人生は勝利の大勝利」と自身の心へ声高らかに語って死すことを根底に、日々体に聴かせ歩みたい、青はね!

今日は、ちょっぴり真面目に日記を綴ってみた。「青っち流コラムの序章」で使おうと描きながら強く自身へリクエストを出していた。

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  1. TVドラマ「白い巨塔」

    TVドラマ「白い巨塔」の最終回を観た。

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