カーネーションは粋だな

その昔、勤務していた組織は「逆三角ピラミッド」構成となって 社会にも、顧客にも一世を風靡した。 その時代に「身」を置くチャンスに恵まれた青でもあった。 当時、社内アナウンスで「一口 500円」からの募金が始まった。 阪神大震災の被災者の方々や、仮設住宅で暮らされる方々に 対してのものだった。 世が一斉に募金を開始した。でも、何年も続けた企業は、青の 知る限り「1社」だ。 地方在住の青等は、仮設住宅の方々との接点がとれないでい たが、在阪の方々は、業務を行いながら、炊き出しやお年寄り との温泉旅行などを催されていた。ビデオレターで後日知るの だが、本業務以上にあらためて「誇り」に感じるのだった。 年2回の「総会」時には、青等も参加でき、お年寄りの方々との 「対話」が唯一の楽しみでもあった。 ある年の総会は、今もって記憶に新しい。 仮設住宅で「チューリップ」を育てられてる親娘さんなど、日頃の 募金活動へ感謝を述べに参加されたのだ。 スピーチが終わる頃、 「よく、お煙草を吸われると伺っております」と、全国の支社の皆 様に、「手作りの灰皿」を。 一つ挟んで座られていた在阪のメンバーは「あッ!チューリップ のおばさん達だ」と噎せ返しながら泣きじゃくっていた。 「2004.4.4版 1000の風で記した新井さんだが今朝の新聞 が、今日一日、走馬燈のように駆けめぐり、当時の荘厳「絵巻」 を感じた朝であり、窓から太陽の元気良さをも伝わって来た。   被災地へのお見舞いとしては異色かもしれない。   新潟県出身の作家新井満さんが地震に襲われた   故郷の人たちに、義援金とは別にカーネーション   千本を贈った。   阪神大震災のときの見聞から思いついた。知人が   買えるだけのペットボトルの水とともにチューリップ   を携えて現地入りした。水を受け取る被災者はどち   らかといえば無表情だった。チューリップを見ると表   情が変わった。ほほえむ人、涙を流す人、いろいろ   だったという。   「いのち、ということだと思うのです」と新井さんは言   う。犠牲になった人々のことや生き延びた自分のこ   とを皆考えている。落ち込んでいる人もいるだろう。   そんなとき「けなげに咲いている小さないのちを見て   はっとする。生きる希望が新たにわいてくるかもしれ   ない。そうしたきっかけになってくれれば嬉しい」   新井さんは高校3年のとき新潟地震を経験した。   教室では赤白のチョークが宙を飛び、無数のガラス   片が降り注ぎ、校舎は壊れた。信濃川にかかる近く   の昭和大橋も崩落した。自宅も全壊だった。「いまも   思い出したくない」経験だ。   大学に入ってすぐ大病を患い生死の境をさまよった。   「遅れてやってきた地震の後遺症だと思う」。   被災者としての経験から、こんどの地震についても   「これからが大変だと思う。緊張が緩み、世の中の   関心も薄れていくこれからです」   贈ったカーネーションは北海道の七飯(ななえ)町で   栽培された。   栽培農家は台風18号で被害を受け、ようやく立ち   直ったところだ。   二つの被災地を結ぶ思いも込められる。             (2004.11.23 朝日新聞 天声人語より) 来月には、日ハムの新庄選手がサンタクロースで激励に中越 入りするとの発表があった。 もうすぐ40代の仲間入りする小親父が、既定路線のレールに スルリと乗るかのように行動されている。 まぁ、貴方様に「清原選手」は云々…等、云う暇があれば直視 される部分はワンサカあろうかと。 来シーズン、大いにスタンドで「とんぼ」が流れる事を望む一人。
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