抜苦与楽 ~新春ドラマ3作より~

「楽しい時に一緒に楽しんで欲しい」し「哀しい時は一緒に悲しんで…」。 よく言われるところの、慈悲の精神だ!大昔に良く先輩から「愛」Vs『慈悲』って 云ったらどうよってよく言われていた。難しいってことでなく、分かんないって事が 愚かだと当時教えられた。 『慈悲』は、ザックリ云えば、『抜苦与楽』だ。 即ち、愛してる愛してるって、一方通行じゃなく、正に字の通り、 対面する相手を前に、その方が苦しんでるんだったら、その苦しみを取ってやり、 楽しみを与える、立場はいつも一方通行では無いことは周知のことだが。 その上で、「楽しい時も、苦しい時も、哀しい時も、常に一緒」って、 心がイッちゃん温かいし、わかりあえるって青は思ってる。 そう、野島作品を賛否される方は、その「論」は任せ、青は、本当に純愛を それも「一緒=共感しあいこできる同志」ドラマを作りたかったんだと。 9番の番号から11番の番号になった、ハルが言う台詞がここに来る。 で、マストビーよりやっぱりこっちの方が青は取りあげたかった。 きちんと氷の女神が現れながらも、コーチの「おい!里中、お前見えたんだよな! どうだった」の返しにハルは「観えるモノが人によってちがうんじゃぁない」って 軽く云いのけながらもドラマ的にはここが、ファイナルに向け、一つの ターニングポイントではなかったのか、と。 「古き良き時代」って良く出てきた言葉であったが、ややすると昭和初期のような 男女差が直ぐに浮かぶ方が多い中、そうではなく、よくよく相手と心で対話する ガチンコ(相手を本気で知ることだし、思うこと)を得たら、『共感』をもってして、 共々に自立できる恋愛があるんだって、野島氏は、この制作で問いたかったので はないか。 だから、随所に脚本へも現れている。こんなシーンがあったと思う。 外国から帰って来た彼氏がハルの所に来て、要は、その場の成り行きだった事を アキには聴けないからと、ぶつけて来た場面だ。 寂しい時に過ちを犯したとしても、自分は気にしないって彼氏は云う。 ハルは、「自分は向こうでどうだったの」 彼氏は、「今言ってるのは結婚する相手のことだ」 カチーンときたハルは言う。 「ふぅーん。彼女の名誉のために答えてやるよ。あ、それから俺のプライドに かけても誓うね。過ちなんてなかった」。 はぁー?・・・とため息の彼氏。 ハルからのとどめは、「真実しかなかった。俺とアキは、真実で結ばれた」と。 野島作品の新境地が観れて、ひとまず良かった、と。したい青だ。 砂の器と云うより、TBSのドラマに対する威信、ファイナルを2編に分けての戦略、 逆にフジは、「唐沢版:白い巨塔」をやってのけた上で、今日のハルと明日の徹朗と 凛こと美山加恋、そして、特番。フジの威信は観させて貰った。 どうか、格闘技系へのめり込みたい気も分かるが、昨年の件を払拭するための 登場させて「清張作品」。先週分や過去の話は良い、ファイナルでの威信の為だけに。 敢えて言うなら、過去2作品の映画とは一線を画して点は良い意味で嬉しい。 新しいからだ。ただ、英良を喋らせる構図にするのか?原作を弄るのか? 期待してます。
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