続・リーダーシップ、

昨日の日経新聞40頁(最終面の交遊抄)の中で、左藤 章氏は、世襲議員になる前、民間で学んだ営業時代を「男気」として綴られていた。

「自分の失敗は自分の失敗。顧客の失敗も自分の失敗。工場の失敗も自分の失敗」と、当時上司であった方の口癖が原点と述懐。

問いかけとなった「リーダーシップ」(05.5.25付)、その結果が下記の通りとなる。

予想はどうでした?!

専制型:
作業の量は多いが、子供達の間に敵意と攻撃性が生まれ、表面にはあまり出ないが個々不満を抱く。

リーダーへの依存度が強く、没個性的になる。

放任型:
作業の質・量共に低く、遊んでいることが多い。

民主型:
作業の量は専制型より少ないが、子供達のモチベーションは強く、独創的になる。

集団への関心が高く、相互に友好的な関係ができあがる。

国(社会的諸条件)によって、差異があるかもしれないと云うことで、阪大で同様の実験を行い検証したそうです。

結果は、攻撃性を表すときに米国の子供は、真っ正面から激しくぶつかるのに、日本の子供はブツブツと不平不満を言う様な、それなりに文化の差が観察されただけで、ほとんど一緒であったそうだ。

即ち、社会的諸条件よりも、その目的集団独自のダイナミクスが働きや、その影響力の方が強いってことなんだよね。

子供達を対象とした実験であり、営業担当のマネジメントへ一直線に取りこむわけにはいかないのはごもっとも。でもねぇ、思いっ切りっ飛んじゃって、歴史や現代史等を眺めたとき、専制型統治は、安定の見せかけを演じながら実は、不安定で長続きせず、民主型統治は不安定に観えながら実は安定的で長続きする、っていうことも観察できちゃうわけ。

こんなことからも(強引かもねぇ)、上記の実験結果は、やっぱりそれなりの普遍性を持ってるって気がするんだなぁ。

っでねぇ、

この実験結果から読みとれる1つの現象があるんだけど、放任型よりも民主型の方が、自立を促してるっていう側面。

「成果主義・自立尊重たる独立企業家集団」と、いう響きに惑わされて、放任型の運営を行うことは、却って自立を助けないのかもしれない。

は、個独自で自立するのではなく、集団との関わりの中で自立していくということなのでじゃぁないのかな。

は、ことば理解するという能力持っている、或いは、持ってしまったが故に、話し合いによる納得ができないと満足できず、そのことが色々な精神作用をもたらす、というような気がしてならない。

真っ正面からの「企業組織構築」を支える基礎は、共感だと、青は常々思い、機会あるたびに発してもいる。

で、共感は、話し合いがもたらす納得感を、やはり支えにしていると思うんだ。

リーダーとして理解・信頼が欲しいんだよね

で、あるのなら是非、「話し合いを大切」にすることから始められませんか。十分効果が発揮されるんだから。(^^)v

先の、左藤議員の「男気」は、何かを受け継がなくては、と言い聞かせてはと結ばれている。共感も深いが男気もどうしてどうして深いね。(・・)(。。)

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