熱っい広島、

青っちには学生時代、大恩ある沢山の諸先輩方が、有り難いことにいる。そんな中、今もっとも「熱っい広島の地」で、ご活躍されてる光景が過日、先輩ご夫妻の事業がマスコミで紹介され、大きな子供共々嬉しさ以上の熱っいエネルギーを頂戴する。

諸事情で、今BLOG中での紹介は時期的配慮を考え控えさせて貰うが、あの何とも云えない「元祖・満面笑みの持ち主」たる先輩の心情が昨日今日など思い出させてくれる。

それは、単なる想い出鑑賞とかでなく、『原点』を、感じさせてくれる点だ。近い遠いに関係なく、持つべく先輩が「一人」でも居るという大切さを、あらためて体感するということ。

恐らく、メディア以上に、全国紙面での紹介記事は、後輩にあたるこれまた、青っちの先輩が、筆をとられてることだろうと。感慨深い。

良く先輩は、笑みを浮かべながらも、学生の身分であった自分等に対し、きちんと「大人」として接し続けてくれたことも今尚鮮明に残る財産のひとつだ。

そういう温厚な先輩であっても、こちらの「ココロ」が曲がってたり、不器用な背伸びをしようものなら、ザックザック叱咤激励を渾身なハートで行ってくれた。

「愚人にほめられ、大聖に叱られる道をとるか」

「愚人に迫害され、大聖にほめられる人生を選ぶのか」

…「中間はないよ」…。

また、善をなす勇気がなければ、悪を助長し、結局は悪に通じよう。

時に、「何か悪い点があったから」であろうか。それは、決してそうではなく、反対に、絶対に、「正しいからこそ」だからである。と

当時、激励の本の最終ページには、今尚克明に記載されてる。手にとりながら、昨今の戯言を考えながら居る青。

そのページをめくり、本を膝上に置くと、ココロの中にあった霧が晴れたように明瞭に物事の本質を確実にまた見えてくる。

向かい風すら、心地好いそよ風に、そして、目の前のある事案全てへの追い風にと変えていけることを今日はつくづく感じた。

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