何より行動、

今夕、石神井公園をホームグランドにされてる某氏の懸案事項(労務関連=この手の問題は今後一層社会問題化されるだろう)が、ご紹介先のI社労士の手腕で解決した旨の報告を頂く。価値ある結果と受け止め、これからは存分に業務に邁進されることかと。先ずはお疲れ様でした。(^^)v

遠方まで足を伸ばしては、車中からの見える住宅街や素朴な田畑は、少なからずココロを和ませてくれるものだ。中吊り満載の週刊紙を余所に、青っちの目にとまった広告に、

その家は古くならずに深くなる 森を建てよう

…と、車内の広告にそう書かれていた。

良い家を造るには優れた木材がいる。良い木は、豊かな森から生まれる。建てた家が森を感じさせてくれるなら、ココロも「グッ」と安らぐことだろう。

2度目の学生時代の地となった盛岡。ヒノキが好きな青っちは、学部外の学生や教授等に色々と伺っては、今で云う『わ』を拡げていっていた。とある林業家が語っていた話とし、良いヒノキを育てるには、森の土壌を豊かにすることに尽きると。

密植をやめ、間伐することによって日差しが地面に差し込み、下草や広葉樹が生える。その広葉樹の落ち葉は、やがて腐葉土となって肥沃な土をつくりだす。森は、その甘い香りに包まれる。。。

」がなら、「」は社会。「」は、あらゆる組織と云えるよね。(゚_゚=

っで、どんな木にも必ず、その成長を支えてくれた大地がある。人それぞれ大地の恩恵によって育まれる。そこに意識を向けられるかどうかで、「人」も「社会」も「組織」も変わってくる。

元来、人は「恩を忘れて生きて行こうとはしないはず」。否、人道は「人間の生き方」を教えたもの。ここを基軸とすれば、誰よりも「知恩の人」、「報恩の人」でなければならないと思う。

また、恩は見えてくるもんじゃないんだよね

そう!

こっちが、ココロで感じ取るもんだ

そのココロの感度を、日々研ぎ澄ます努力は必然。

就活や採用業務なので、好きな言葉や座右の銘とかを聴かれる役員さんの横で、ここ数年良く耳にする言葉でもあるのがこれ。→「桜梅桃李」(今BLOG中でも、ちょくちょく登場する言葉。)だが、人間性豊かな社会を築くカギは、細やかな『報恩感謝』の、「心」と「行動」に尽きるとあらためて感じた日であった。

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