教育より「共育」、

「廊下を走らないための罰は、どうしたらいいと思う!」との問いを投げかける担任。「・・・」。クラス一同沈黙が続く。数分後、担任から「意見が出ないようだから、こういう罰はどうでしょう。『廊下を走ったら給食が食べられない!』」自信満々に言い放ったようだ。一旦ここまでのやりとりを大きな子供に向け話す長男。

ちょっとその前に、今こそ手にする本かと。一気に読めます。

少年裁判官ノオト
井垣 康弘 (著)
価格:¥1,680 (税込)
加害少年との7年余、元裁判官が本に(神戸児童殺傷事件)

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彼等クラス中がなぜ黙ってしまったか?

「なぜ!廊下を走ったらいけないのか」。そもそも「道理」に耳を傾け議論したかったようだ。また、『給食が食べられない』という罰と「廊下を走らないようにするため」とでは、まるっきり意味合いが違うし、自分らは動物じゃぁないんだ!と強く思い感じたことを赤裸々に語っていた。

ここでは色んな意味合いが含まれている。ただ、云えることは、「生徒が先生をなめてるとか、先生を認めていないとか」そんな陳腐さなど微塵もない。この時世であっても子供等は、「先生」という立ち位置やポジショニングを確かに認め(求めてると言うのが現実的かも知れない)続けている。

翻って、それら子供等の真意を「先生」がきちんと『キャッチ』する「術」や「努力」を常に行っているか否か。

さらに、子供等の微妙なサインを「親」が感知し、どのようなタイミングであれ、『聴いては、その思いを汲みながら答え返す』という行動に出るか否か。日常、些細な場面ですら、真剣勝負が試されている。

近々、授業としてスケートへ行く案内を持ち帰っていた。担任の手作りだ。

「集合:8時厳守(教室)」とある
→学校そのものの「門」が安全上の問題から、毎日この8時前後に開門されるのだが、当日はどうやって教室の席へ、時間厳守で着席させるのか?ヾ(ー ー )ォィォィ

「服装:長袖、長ズボン(ジーンズとスカートはだめ)」
→・・・書くのはやめときます。

B5版の案内プリントの半分は、スケート靴の選び方と履き方が丁寧に掲載されている。併せて、当日はスケート場への現地までに「バス」で移動。徒歩だと数十分で行ける距離。臨海公園を経由させ片道2時間はくだらない距離を歩かせるのに等々。夕方からご婦人等の電話が矢継ぎ早に掛かっている。

「おかしいわよねぇー!」と、受話器を持つ大きな子供が釣られながらに話し込んでいた。「それが、後出しジャンケンっしょ!」、電話口の相手にも聞こえる声で云いながら、『その時』に思い感じたら、即行動(手っ取り早いモノとし、連絡帳に書いて先ず確かめるとか)を起こすよう促す。

「善かれと思った行動を踏みにじった担任の行動」。このケースは、伊賀在住のターナー一家を直撃した。

長男マー君の「いじめ問題」に、ほとほと参っていた夫婦(この夫婦は、即行動を起こしたタイプ)。1学期はじめに担任へことの真相を伝え、改善策を打診する。

「おかあさん、さぞや心配でしょうが私に任せてくれませんか!」と、男性教諭は堂々と諭し返すのだった。

今年に入っても、マー君の神経的な病気といじめは増長の一途。我が子の病的現象を見るに見兼ねた母親が、これまでも担任へ再三にわたる状況報告を、聞きに行くも「任せて下さい」の一点張り。

もう少し早めに一報を受けていたら、対処も軽く済んだのだが、母親へ「ある『』を伝え」、直ちに行動してもらった。物の見事に「ことの真相」をあぶり出すカタチとなる。

結果、この担任教諭は、初期の伝達(母親とし、また地域の問題が絡んでいるので細心の注意を払ったうえでの行動)から、再三の伝達を『すべて無視』していたことを、自らの「口」で喋り出す瞬間、やるせない母親の思いが落胆への坂道を転がり込んでいくのだった。

「任せて下さい!」
「信じてて下さい!」

繰り返し話される度に、「一縷の望み」を抱いていた母親。

「すみません!忙しすぎて、『…忘れていました』」。

私ら家族は、一体誰を信じたらいいのですか!」母親の叫びが、ただただ、虚しさに変わるのだった。(このケースでは、後に話し合いをもつことで改善となる青空いっぱいな方向へと走り始めていることを聞く)

今や、教育には→『共育』で、地域であれ家庭であれ、総当たりな取り組みが、待ったなしで求められている。

PS、
契約書は契約者の自筆で健康診断も受けているので問題ない」と釈明のS社。どうせ開き直るんなら、もう少しまともなコメントを出せないものかなぁー!┐( ー ー)┌ヤレヤレ

参考までに、S社のプレスD社のプレス。やるせない現場の方と顧客には、まるっきり意味が通じず、明らかに与謝野金融相サイド向けにかかれたとしかとれないネ。

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