勉強会での収穫、

日々、企画に戦略にと徹底的な議論を展開されてるであろう会議室。今朝一番の勉強会では、前回の課題を各々一人ずつが発表し合うことになっていただけに、集合時間前にして全員の方が最終調整を行っていた。セールスプロセス(ここでは、段取り力編)を確実に手にされては実践している賜物だ。(#^.^#)

外気とは相反し、始業前にも関わらず「やりきった」勢いが部屋中を覆う。熱戦が繰り広げられ、万事つつがなく終了。ポッカコーヒーを愛飲しながら、次の会場となる西日暮里での展開を最終精査していたところへ、本日参加された一人の部長が満面な笑みでホワイトボードを見つめていた。

お声掛けしては、一緒にポッカを手にしながら、色んな話を伺う機会を得た。その過程の中で、部長のスクラップ帳が登場するのであった。自宅で課題に取り組む中、マップの構築を行う際、その近隣な記事にハサミを入れてはノートにまとめているとのこと。

ちょうど昨夜の晩酌時、奥さまと一つの記事で大変美味しいお酒を口に出来たと大きな瞳で語るのであった。ι(^。~)丿

地方に「望む仕事ない」 新幹線が北の終着駅に滑り込む

東北新幹線が北の終着駅に滑り込む。大みそかの夕、雪に覆われた青森県・八戸駅。早稲田大4年の青木崇嗣(たかし)さん(24)がスーツケースを手に降り立った。冷気が身を刺す。父が「おうっ」と、右手を少しあげて迎えた。

十和田市の実家まで約30Km、車で50分かかる。食卓には野菜の煮染めやサンマの飯ずしなどが並んだ。父母や祖父母、弟2人と一緒に囲む。「正月を家族と過ごすのは最後かもしれない」。青木さんは4月、老舗百貨店に入社し、都内で働き始める。年末年始、店はかき入れ時だ。地元の高校を出て、一度は群馬県内の大学の進学。

あきらめ切れず、2年生の時に早に再挑戦して合格した。青森県出身の学生約100人と小平市内の寮で暮らす。父は市役所の職員、母は私立の病院の看護婦。長男の青木さんは「将来は県庁に入り、地元で親の面倒をみるのは当然」といわれて育った。

「父さんは帰って来て欲しがってるぞ」。一緒に酒を飲んだ父の友人に言われたこともある。だが、両親の期待に応えるには、地方の経済の現実は厳しすぎる。帰省するだび、シャッターの下りた商店が増える。

県内には、核燃料の施設など受け入れ、国の交付金に財政を頼る自治体もある。再開発や株価上昇で「景気回復」にわく東京都、過疎が進む青森とはまるで別世界に見える。県内の有効求人倍率は05年11月で0.43倍。全国平均0.99を大きく下回り、全国最低のレベルが続く。大卒者の就職の採用は10人程度という狭き門だ。

「戻って仕事がない」と、寮の仲間も悩んでいた。東北地方の企業説明会にも出てみた。担当者は「地元に帰るなら、職種は選べない」。若いうちは都内で働き、やがて青森に戻って転職をしたいとも思ったが、「受け皿はない」と言われた。

3年生の夏、百貨店のインターンシップに参加した。全国の物産展を担当する社員が輝いて見えた。各地で頑張る食品メーカーや職人と、消費者をつなぐ。そんな仕事にひかれた。だが、郷里には両親がいる。今は50歳を過ぎたばかりでも、20年、30年後は…。

長男としての責任。それでも、夢は捨てたくない。自分の夢を追い、当たり前のように、都内の企業ばかりを目指す東京出身の学生がうらやましかった。昨年1月、両親に打ち明けた。

「東京でしかできない仕事なんだ。向こうで就職したい」。「わかった。お前が決めたなら、頑張れ」今春、寮の仲間で、青森に戻って就職するのは27人中4人だけだ。多くは東京など大都市で働く。今回帰省して、母から言われた。「父さんが一番寂しがってるんだよ」。

東京での就職を選んだ責任は、ずっと背負っていくんだと思う。「中途半端では帰れない。とことん、やってやる」テレビから除夜の鐘が響く。家族と近くの神社に出かけた。さい銭を投げ、手を合わせる。「家族が健康でありますように」。いつもと同じように、心の中で祈った。(朝日新聞1月7日付より)

あたたかくも時に懐かしく考えさせられる。辣腕部長は、ご子息と自身とを投影されたのだろう。本来肌で感じる記事を見落としがちな時世。奥さまとの晩酌が何よりの「養命酒」と言ってのけるところは天下一品。

ピーアール社での2回目となる勉強会。初回から引き継ぎながら、「戦略的コミュニケーション論」を学びあった。暦と共に変化していくことだろう。大いに励みたいモノだ。

夜半、某社の「業務提携」について、関係者一同が緊急に集い合う。昨年から進めてきていた戦略路線だけに、皆、頭をかかえながら一任される。ハトさんでない分、その場で即決となる指標を打ち出し散会。どんな場合でも、楽しみは存分に味わなきゃね!(^_^)v

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