次男の初・家庭訪問日、

200604210「今日、先生くるんでしょ!」。かなり早い時間から大きな子供へ問う次男。最近では、朝の勉強時間を妙にコントロールできるようで、長男の後ろ姿のまま、一緒に座りながらコロコロを熟読している。(笑)そんなリズム化した風景を次男の2作目となった「図画」が微笑むように見つめている。

午前中、大きな子供と会計士でのMT。時折、例の「2社(それもかなり悪質極まりない1社に)」について心配されての発言が耳に入る。

会計士からは、「官報」と「18年度税制改正」等についての「キーワードにその理由と進捗」について言及される。毎度ながら頭が下がる。会計士の言葉を借りれば、『容赦なき世間体』とでも云った方が分かりやすいのだろう。それぞれの立場やポジショニング等も含めても統一した解答が出揃う。

夕方前、次男の担任が「家庭訪問」としてこられる。何事も最初が肝心と迎えるのだが、玄関口から両足が「ピタッ」と、そろった格好で動かない。

そりゃぁーないっしょ!  ̄│_│○

開口一番、

「行き届かない箇所が多々あるでしょうが宜しくお願いします。」

実はこのフレーズ、青っちが数えただけでも『5回』。滞在時間6分少々で、『5回』。\(`O´θ/

「何かありますか?」ってぇー、尋ねられても

懸命に大きな子供は、日々お風呂の中で聞かされる次男の話。どうしてもしっくりこない件について掻い摘んだ形で質問したようだ。

授業中、先生が質問を投げかけ生徒の皆が挙手をする。指名が次男となり回答したのだが、間違った回答をし、先生から「質問の意味が分かってないようだね!」と投げかけられたのだが、それ以降次男は、「挙手できなくなったんだ」と大きな子供に語るのであった。

この手のことを先生に聞くことでもなく、「家庭」での対応が肝心だと事前に諭すものの、喋ってしまう大きな子供。((らしいと云えばそれまでだが)気持ちは十二分に分かるものの、先生に云ったところで何ら解決しないことを先に認識することが大切だと事後話し合うのだが。。。)

ちなみに、気になる回答は、

「そうですかぁー!そのようにとったんですね」。これ以下も以上もない回答。大きな子供の心拍数と期待感は、これ→ _│ ̄│○

ともあれ、率直に思うのだが、どうして初めての家庭訪問という絶好の機会に、担任先生等は「自らの自己紹介」をやらないのだろう?数秒でもいいではないか!

生徒からの「先生像」
周辺からの「先生像」、、、

二分の一の確率は、意外とリスキーだと思うのだが、知ってか知らずか、はたまた規則もんか。

「もったいないんだよね!」

『家庭訪問や連絡帳など返信は、ビジネスマンに置き換えれば、正真正銘の「プレゼン」ですよね!』と。青っちとセミナーや私塾など何らかのカタチで接点を持たれた教師さん等は、皆さん口を揃えて云われる。(書くまでもないが、間違っても自分を良くみせよう等という回路は微塵もなく、良くも悪くも、『知っていただきたい自分』をプレゼンする。)

その上で、接する時間(量も密度も含め)「先生に学校」「家庭」となることを認識されない方が多いことも厄介な話しだ。長男と接して分かることだが、「学校」からの『影響度』は皆無に等しい。その代わりに「先生」からの『影響度』は数段にも増している。

子供が授業中に起こった出来事や何気ないクラスでの会話。聞き流す方が「普通」なのだろうが、イヤイヤ!これがどうして聞き逃せない。火傷では済まないことがワンサカ含まれている。

最近顕著なものに、「目的とオチ」を云わず(無論、考えさせず←これが一番厄介)、ただおもむろに「…してきて。」「…しなさい。」等々、ロボット養成所だと云われてもおかしくない。

「明日、新聞をもってきなさい!って云われたんで、この新聞をもっていくね」とは長男。

「何するの?新聞持って行って?」
「わかんない。もってくるようにって云われたんで」

その翌日、

「来週の月曜までに、情報をあつめてくるように!」って云われたんで、、、。

「何故、新聞を持って行くのか?」、「情報を集めるって云うが、何のために、何の意味があって行うことなのか、理解しているのか?」
、「理解、納得もせずに、さも分かった格好なんかするもんじゃない!」、「何故、先生に聞かない」、「何故、自分が動くことについての、『目的とオチ』を知ろうとしないのか!」。。。手厳しいですヨ、青っち宅は。

先生が説明されていないが、おそらくこういう図式だろう。↓

日常、新聞やインターネット上において、自身が「感心」をもった記事(=情報)を学校に持ち合わせ、クラス中で出し合いながら発表させるという主旨だろうが、それでも『目的とオチ』、それに、その作業に携わった生徒自身等の気持ちをどこへもって行くのか理解に苦しむ。

先生等自身が、「コミュニケーション論」を実践で学びあっていただきたいと痛感している今日この頃だ。依頼があれば買ってでも出ますヨ。(^_^)v

そんな長男は、総合学習の一環とした「代かき・田植えで米づくり」の初日の今日、代かきを楽しんできたようだ。(5月18日は、田植え)手元に担任先生から保護者宛の案内がある。「食生活と米づくり」をこの学習で学んでもらおうとした主旨が綴られている。これはこれで大いに結構だが、併行して「環境面」それも、水田の知られざる「底力」を、米づくりと一緒に学ぶ機会を作るべきだと。そんな思いから、長男へ富山和子・著「水と緑と土 伝統を捨てた社会の行方」を手渡す。

アッ!

次男の家庭訪問のことが、すっ飛んでしまった。(っま!いいっしょ)

「ねぇーねぇー!先生はなんていってたのぁー!」と、風呂場で盛んに尋ねてる声が聞こえてくる。「…」詰まり詰まる大きな子供がいることはご想像のままです。<(_ _)>

PS、
今日は、「公判前整理手続」と併せた「ニュース」が重なりながら流れる。政局を別角度から視れば、絶妙なタイミングと大義名分とが重なる。

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